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Sapporo · Kaitaku History

札幌・北海道 開拓の歴史と史跡

わずか百五十年ほどで、原野は北の都市になりました。開拓使・屯田兵・札幌農学校——その歩みを年表でたどり、いまも街に残る史跡を、地図と写真でめぐります。

開拓が始まる以前から、この地にはアイヌの人々が暮らし、川や大地とともにある文化を育んでいました。「サッポロ」をはじめ市内の多くの地名は、その言葉に由来します。本ページは開拓期の史跡を中心にご紹介しますが、この土地の歩みがそれ以前から長く続いてきたことに、まず敬意を。
Origin · 地名の由来

「サッポロ」という名前

「札幌」の語源は、アイヌ語の「サッ・ポロ・ペッ」(乾いた・大きな・川)とする説が通説です。豊平川やその一帯の地形を表したものと考えられています。ほかに「サリ・ポロ・ペッ」(あし原の広がる/大きな湿地の川)とする説などもあり、由来には諸説あります。「豊平(トイ・ピラ=崩れた崖)」「発寒」「琴似」など、市内には先住の言葉に由来する地名が数多く残ります。

Timeline · 年表

開拓の歩み

明治のはじめ、蝦夷地は「北海道」となり、開拓使のもとで札幌の街づくりが進みました。おもな出来事を年表で。

1869 明治2
開拓使を設置。蝦夷地を「北海道」と改称(11国86郡)。開拓判官・島義勇が札幌本府の建設に着手し、円山からの眺めをもとに碁盤の目の街を構想したと伝わります。
1871 明治4
次官・黒田清隆が米国からケプロン(農務長官)ら外国人技師を招き、農業・開発の指導を仰ぐ。
1873 明治6
開拓使札幌本庁舎が完成。街の中心が定まる。
1875 明治8
屯田兵制度はじまる。最初の屯田兵村は琴似。兵士とその家族が開拓と警備を担った。
1876 明治9
札幌農学校開校。教頭クラーク博士が着任("Boys, be ambitious")。同年、開拓使麦酒醸造所(サッポロビールの前身)設立。
1878–80 明治11–13
開拓使の迎賓施設清華亭、洋風ホテル豊平館が相次いで建つ。開拓使は日本初の都市公園「偕楽園」も設けた。
1882 明治15
開拓使を廃止し、札幌・函館・根室の3県を設置。
1886 明治19
北海道庁を設置。行政が一本化される。
1888 明治21
北海道庁本庁舎(赤れんが庁舎)完成。約250万個のれんがを積んだネオ・バロック様式。
1904 明治37
屯田兵制度を廃止。開拓の主役は移民・民間へと移っていく。
Map · 史跡マップ

史跡と古建築のマップ

開拓期の史跡と、古い建物を活かしたカフェ・ショップを一枚の地図に。色をタップで絞り込み、ピンで名称・住所を表示します。

開拓使の建築 屯田兵・開拓の村 学び舎・史料館 古建築のカフェ・店 川と山

地図:OpenStreetMap / 位置:国土地理院ジオコーダにより住所から生成(目安)

Historic sites · 史跡めぐり

いまに残る、開拓の面影

開拓使の時代に建てられ、現存する建物たち。多くは公園や並木のなかにあり、四季で表情を変えます。

北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)札幌
© 663highland / CC BY 2.5

北海道庁旧本庁舎 1888

中央区北3条西6丁目

「赤れんが」の愛称で親しまれるネオ・バロック様式。約250万個のれんがを積んだ、開拓の象徴。

前庭:池を囲む木々、春の新緑と秋の紅葉。

札幌市時計台(旧札幌農学校演武場)
Balon Greyjoy / CC0

札幌市時計台 1878

中央区北1条西2丁目

旧・札幌農学校の演武場。クラーク博士の構想に始まる学び舎の名残で、街なかのシンボル。

通り:ビル街に囲まれ、雪化粧の冬もまた趣。

豊平館 中島公園 札幌
© 663highland / CC BY 2.5

豊平館 1880

中央区中島公園1-20

開拓使が建てた洋風ホテル。淡い水色(ウルトラマリン)の外壁が美しい国指定重要文化財。

中島公園:菖蒲池、秋の紅葉、雪の並木道。四季を通じて散策に。

清華亭 札幌 開拓使 偕楽園
© 663highland / CC BY 2.5

清華亭 1878

北区北7条西7丁目

開拓使の迎賓施設。和洋折衷の造り。日本初の都市公園「偕楽園」の面影を伝えます。

庭の古木:静かな緑地に、開拓期の樹々が残ります。

北海道神宮 円山 札幌
© Immanuelle / CC BY 4.0

北海道神宮 開拓三神

中央区宮ケ丘474

開拓の守り神として「開拓三神」を祀る。島義勇ゆかりの地でもあります。

円山公園・原始林:桜の名所(エゾヤマザクラ)、エゾリス、秋の紅葉。

北海道開拓の村 札幌 厚別
© t-konno / CC BY-SA 3.0

北海道開拓の村 野外博物館

厚別区厚別町小野幌50-1

明治〜大正の建物を移築復元した野外博物館。馬車鉄道が走り、時代のなかを歩けます。

四季:新緑・紅葉、冬はそり遊びやスノーシューも。

その他の史跡・ゆかりの地

サッポロビール博物館 東区北7東9 — 開拓使麦酒醸造所を源流とする赤レンガ。隣接のサッポロビール園も同じ赤レンガ。★は開拓使の北極星マーク
北海道大学(札幌農学校) 北区北9西7 — クラーク像、ポプラ並木、第二農場、秋のイチョウ並木(北13条門)
北大植物園 中央区北3西8 — 旧・開拓使の博物場を継ぐ。園内に開拓期の建物と巨木
琴似神社 屯田兵屋 西区琴似1条7 — 最初の屯田兵村・琴似の兵屋が境内に残る
新琴似屯田兵中隊本部 北区新琴似8条3 — 屯田兵村の中隊本部(明治期の木造)
札幌村郷土記念館 東区北16東14 — 大友亀太郎の御手作場と「大友堀」(創成川の源流)を伝える
さっぽろ羊ヶ丘展望台 豊平区羊ケ丘 — 全身のクラーク像「Boys, be ambitious」。明治の月寒種牛牧場〜北海道農業試験場の地
篠路神社・龍雲寺 北区篠路 — 幕末(安政〜万延)に荒井金助・早山清太郎が拓いた古い開拓地。両者の墓は龍雲寺に
千歳鶴 酒ミュージアム 中央区南3東5 — 1872年創業、札幌唯一の蔵元。創成川イーストの地酒
大友亀太郎役宅跡 東区北6東4 — 「大友堀」を拓き、のちの創成川と札幌村の礎を築いた
Parks & seasons · 公園と季節

木々と、季節の移ろい

札幌の史跡の多くは、公園や並木とともにあります。開拓期に植えられ、育った緑を、季節ごとに。

🌸 円山公園・原始林

北海道神宮に隣接。天然記念物の原始林と、春の桜。エゾリスや野鳥の姿も。

🍁 中島公園

豊平館・日本庭園を抱く都心の緑地。菖蒲、秋の紅葉、冬の雪景色。

🌳 北大 ポプラ並木・イチョウ並木

札幌農学校ゆかりのキャンパス。秋、北13条門のイチョウが黄金色に染まります。

🌷 大通公園

もとは街を火から守る「火防線」。いまは四季の花壇とライラック、初夏の彩り。

🌲 偕楽園緑地(清華亭)

開拓使が設けた日本初の都市公園の名残。開拓期の樹々が静かに残ります。

❄️ 開拓の村

移築された明治の建物を、雪や新緑が包む野外博物館。季節で景色が一変します。

Renovation · 古建築めぐり

古い建物を、いまの店に

近年の札幌では、歴史ある建物や古民家を、そのままカフェやショップに活かす例が増えています。時をまとった空間で過ごすひとときを。

北菓楼 札幌本館

中央区北1条西5丁目1-2

1926年の旧・北海道庁立図書館を、安藤忠雄の設計で改修。1階はショップ、2階は本棚に囲まれたカフェ。

森彦 本店

中央区南2条西26丁目2-18

円山の住宅街にたたずむ、築70年超の木造古民家を活かした一軒家カフェ。札幌の古民家カフェの草分け。

旧永山武四郎邸

中央区北2条東6丁目

開拓使二代目長官永山武四郎の邸宅(1880年頃)と旧三菱鉱業寮。見学ができ、館内でお茶も。

旧小熊邸(ドリーバーデン)

中央区伏見5丁目3-1

1927年、建築家田上義也設計の名住宅。藻岩山麓に移築され、いまはショップ&カフェとして再生。

サッポロファクトリー

中央区北2条東4丁目

開拓使麦酒醸造所の赤レンガ館を核に生まれた商業施設。れんが造りのレトロ空間に店が並ぶ。

茶廊法邑(さろうほうむ)

東区本町1条1丁目8-27

古い建物を活かしたギャラリー&カフェ。展示を眺めながら、ヘルシーなランチやお茶を。

珈房 サッポロ珈琲館

豊平区平岸2条6丁目(平岸店)/月寒西1条7丁目(月寒店)ほか

市内各所で歴史的な建物を活かした店舗を展開する珈琲店。平岸店・月寒店など、時を経た空間で一杯を。(番外:江別・文京台の〈Rinboku〉も同社の一軒)

札幌市資料館

中央区大通西13丁目

1926年の旧・札幌控訴院(裁判所)。軟石造りの重厚な建物で、館内にはカフェも。大通公園の西端に。

※各店の営業日・時間・現況は変わることがあります。お出かけ前に公式情報でご確認ください。

Stories · 開拓ものがたり

川と道と、人の名

大友亀太郎と創成川 — 大友亀太郎(1834–1897)は、二宮尊徳に報徳仕法を学んだ幕臣。安政5年(1858)に渡道し、木古内・大野の開墾で成果をあげたのち、慶応2年(1866)に元村(のちの札幌村)を拓きます。このとき掘った約4kmの用水路「大友堀」——周囲に「百万両の大工事」と言わしめた仕事——が、のちに継ぎ足され明治7年(1874)に「創成川」と名づけられました。街の東西南北の起点は、この川から定まっています。

豊平川と精進川 — 街をつくったのは川の力でした。豊平川は日本有数の急流で、大雨のたびに姿を変える「暴れ川」。昔は札幌の中心付近で北へ折れ、伏籠川をたどって篠路で石狩川に注いでいたといい、その分流のひとつが創成川上流の鴨々川です(今の流路は1941年の改修による)。支流の精進川はアイヌ語でオソウシ(川尻に滝のある川)。滝で魚が遡れないことから「その先は魚のいない=精進する川」と呼んだ、という説も伝わります。

藻岩山と、取り違えられた名 — アイヌの人々にとって聖なる山、藻岩山。その名はアイヌ語のインカルシペ(いつも登って見張る所)に由来します。一方「モイワ(小さな山)」は本来、となりの円山を指す言葉でした。明治の和人が二つを取り違え、そのまま定着したと言われます。山腹の原始林は天然記念物として、開拓の手が入らなかった北の森の姿を今に伝えます。

札幌開祖の二人 — 開拓使が来る前、安政4年(1857)ごろから豊平川のほとりで渡し守を務めた志村鉄一と吉田茂八は「札幌開祖」と呼ばれます(創成橋のたもとに吉田茂八の碑)。※「亀田兄弟」ではなく——この開祖二人と、創成川の父・大友亀太郎。名前が混ざりやすい三人です。

篠路のこと — 市街より早く、幕末に荒井金助・早山清太郎が拓いた篠路(北区)は、札幌でも指折りに古い開拓地。篠路神社にその歩みが残ります。

行啓通の由来 — 中島公園から西へのびる「行啓通」(南14条通)は、明治44年(1911)に皇太子・嘉仁親王(のちの大正天皇)が行啓された道にちなむ名。街には、こうした由来をもつ通り名が今も息づいています。

Archives · 史料をたずねる

もっと知る(史書・史料)

開拓の記録をより深く知るなら、これらの施設へ。当時の文書・写真・道具が保存・展示されています。

北海道博物館 厚別区小野幌 — 旧・北海道開拓記念館。北海道の自然と歴史の総合博物館
北海道開拓の村 厚別区小野幌 — 明治・大正の建物を移築した野外博物館
札幌市公文書館 中央区 — 札幌市の行政文書・記録を保存
北海道立文書館 中央区(道立図書館内ほか)— 開拓使以来の公文書を所蔵

写真クレジット:赤れんが庁舎・豊平館・清華亭 © 663highland(CC BY 2.5)/時計台 Balon Greyjoy(CC0)/北海道開拓の村 © t-konno(CC BY-SA 3.0)/サッポロビール博物館 © MIKI Yoshihito, derivative: MrPanyGoff(CC BY 2.0)/北海道神宮 © Immanuelle(CC BY 4.0)— いずれも Wikimedia Commons。
本ページは一般向けの概説です。年代・由来には諸説があり、史跡の現況(改修・公開状況)は変わることがあります。詳しくは各施設・札幌市の公式情報をご確認ください。